2006年02月12日

[外伝]エピソードV ミスの復習

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 おまえん家、天井低くない?
 おまえん家、天井低くない?

 こんにちは、タピオカ星人です。この自伝はこの章で終わるけど、元祖あるある芸人はふかわりょうだってこと、忘れるなよ。

 クーロンを訪れた衝撃とそのときの代理店社員の対応の良さから旅行代理店を志した私であったが、ここでも即行動派の私としては帰国後すぐに某旅行代理店の門を叩いた。高校卒業まで1年余り残ってはいたが、それまでの期間アルバイトという形で籍を置くことによって少しでも早く会社に慣れ、上司のポイントを稼ごうという現実的かつ姑息な手段を取ろうとしたのだ。

 「たのもー!御社に入社したいアル!」香港帰りを引きずってはいたが、どうやらその熱意は伝わったようだった。

 翌日から私はがむしゃらに働いた。旅の素晴らしさを多くの人に伝えるため、そして日本一の営業マンになるため。小さい店だったがそれだけにやりがいもあった。毎日が矢のように過ぎていった。

 高校を卒業し正社員として就職してから2年が過ぎた頃だった。それは突然やってきた。朝いつものように出勤すると、普段は事務の綾ちゃんが一足早く開いているはずのシャッターが締まったままになっていた。そして灰色のシャッターの中に一際目立つ白い紙が貼られているのが目に入った。何やら胸騒ぎがして近付いてみると、目に飛び込んできたのは驚くべき内容の文字たちであった。

 「倒産に伴う閉店のお知らせ」        

 そんなことがあってたまるか。確かに売り上げは冴えなかったかもしれない。しかしみんなで力を合わせてやってきたじゃないか。社長も、家族同然の私たち社員に何も告げずに店を閉めてしまうなんて・・・。どれくらい立ち尽くしていただろう。呆然と張り紙を眺めているうちに、たまたま遅刻した綾ちゃんやほかの同僚も続々と出社し、そして判で押したように落胆していった。そんな重い空気の中、ふと誰かが口を開いた。

 「僕たちで新しい会社を作ろう!新しい旅行文化を創ろう!」

 それからの行動は早かった。このときばかりは私の代名詞である「思い立ったが吉日」が全員に伝染していたのだと思う。私たちは新会社「JTV」を立ち上げ、軌道に乗せるため力を尽くした。

 しかし口コミや評判がモノを言う旅行代理店業界は、新会社には風当たりが強かった。私たちは何か目玉商品となるツアーを考えなければならなかった。そのとき私の脳裏を駆け巡ったのは、2年前のあの「香港19,800円」のチラシ、そして当時から約10年前にアポロ11号が成し遂げた月面着陸のシーンだった。月に誰もが気軽に行くことができたらどんなに素晴らしいだろうか。それこそが新しい旅行文化の創造に他ならないではないか。

 翌日、ワイドショーから経済紙まで日本全国を駆け巡ったのは「月19,800円」の文字だった。いける、これはいける・・・。

 大変なのはそこからだというのは想像に難くない。NASAやソ連、月島までを走り回った。そして1978年の秋、ちょうど中秋の名月の頃だったのは出来杉英才であるが、月へ向かった我々のシャトルは無事打ち上げられることとなった。

 1000m、5000m、10000m・・・。相模原が、日本が、地球がどんどん小さくなる。大気圏を突破し安定飛行に切り替わった瞬間、悲劇は起きた。

 「ま、窓の外を見ろ!」叫んだのは男だったか女だったか、それすら今は思い出せない。

 窓の外には、宇宙服も身に付けずに暗黒を浮遊している人種たちがいた。しかし何やらこっちを見て武器のような物を構えているようだ。このままでは危ない・・・。話し合いの末、一行を代表して旅行代理店の私が彼らとの折衝に当たることとなった。私は宇宙服を身に纏い外へ出た。

 「えーっと・・・日本語話せますか?」
 「スコシダケ話セルアル」

 インターナショナルというよりインタースターだろうか。日本語が話せることにも驚かされたが、「〜アル」言葉は彼ら発祥なのかもしれないということに度肝を抜かれた。

 「あー、あなたたちは誰ですか?」
 「・・・」やはり単語力には難があるらしい。しかし英語も話せるようで、今度は私が質問を受けた。

 「Where are you from? ドコカラ来マシタカ?」
 「オー、アースアース!」
 「Achiles? Realy? We are from Achiles, too. Let's go back together!」
 「オー、センキューセンキュー」

 そう言うや否や、私は近くの星に停泊していた彼らの高速宇宙船に乗せられた。何が何だかわからないまま、それでもなんとか「アキレス」というところに向かっているらしいことは理解できた。と同時に、もう地球には帰れないことを悟った。英語を勉強しておけばよかったとこのときほど思ったことはない。

 船内での話も尽きようとしたころ、思い出したように彼らは質問をしてきた。

 「ナマエハ? What's your name?」これぐらいの英語なら私にもわかる。
 「旅岡清二。タビオカセイジ」
 「Oh, I heard "Seijin" means man from other star. So you are from Tapioca? Tapioca Seijin?」
 「イエス、イエス」

 自分の名前が聞こえたので適当に返事をしておいたのが仇となったらしい。旅岡清二と名乗ったのが、タピオカ星人と解釈されてしまったようだ。なぜ私がアキレス星に連れて行かれているのか、それはアキレス星から来たとさっき言った(いや本当は言ってないのだが)からであるはずなのに、もうタピオカ星人ということになってしまった。本当は地球人なのに。にんともかんとも。アースと言ったのにアキレスと受け取られ、旅岡清二はタピオカ星人になり・・・。この致命的なミスが、私の人生を決定付けたことは言うまでもない。小学校の通信簿に担任から「少し滑舌が悪いです」と毎回書かれていたのを今さらながら思い出した。

 ちなみにではあるが、あのとき私をアキレス星に連れてきたアキレス星人こそ、私の後継者と目されているのちのバッファロー・タピオカーンである。私のその後のアキレス星での活躍はエピソードWからYに記したとおりだ。

 あなたは何人(なにじん)か?今そう聞かれたら、私はこう答えるであろう。「それは自分の心が決めることだ」と。

 でも、何人でも、「まいっか!」
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2006年02月10日

[外伝]エピソードU クーロンの衝撃

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 T!A!P!ためて〜IOCA!

 アキレス星のジョーダンズことタピオカ星人です。この自伝もあと2章となってしまった。残念だがこれ以上語ることがないので致し方ない。というか既にエピソードXあたりから書くことがなくなって無理が出てきているのを懸命な読者諸君ならお気づきであろう。今日は香港旅行の話をしよう。

 香港旅行の話といってもただの旅行日記ではない。私がその後2年間の人生を、いやアキレス星に渡ったこと自体を決定させたという意味では、約22年余りの人生を決める重要な2泊3日だったのだ。そう考えると自伝に書くべき内容であることはおわかりいただけると思う。

 相模原駅前の商店街で香港旅行のチラシを見た3時間後、私は羽田にいた。成田空港はちょうどアキレス星に渡ってきた頃に開港したが、1975年時点では国際線も羽田から発着していた。初めての海外に期待に胸躍らす17歳の若者の姿は、まだ海外旅行がメジャーではなかった当時の日本で少し羽田に似つかわしくなかったかもしれない。

 チラシに記載された旅行会社のカウンターを訪れると、そこにはいかにもという感じの折り目正しいスーツ姿の係員がいた。

 「す、すいません。このチラシを見てきたアル」気分は既に香港だ。
 「そうアルか、じゃあこれが航空券アル」それは彼も同じらしい。それにしても日本における中国人はなぜ「〜アル」と喋るキャラ設定なのだろう。そんな中国語ないのに。
 「シェ、謝々」

 はじめての飛行機では一睡もできなかった。というのも緊張したわけでも映画に熱中していたわけでもなく、隣の彼が話しかけてきてうるさかったからだ。旅行会社の社員のくせに相当テンションが上がっているらしい。

 「僕海外初めてアルよ!わくわくするアルなー。香港には何があるアルかね?アルゼンチンとかアルジェリアとかもあるアルかね?」

 つっこみどころが多すぎて話にならない。それでも少なくとも彼も私と同じで旅行会社の社員のくせにはじめての海外旅行らしいということは理解ができた。

 その後の三日間、彼がアルアル言葉を貫き通したことはうざいことこの上なかったが、とても優しく尽くしていただいた。そして何より、香港の輝くような夜景は相模原では見ることのできないものだった。クーロンという場所をご存知だろうか。九つの龍と書いて九龍。いわばここが香港の中心であり、これまた相模原にはない活気を放っていた。

 海外旅行。普段の生活を忘れいろいろな文化に触れることのできる、人間が生み出した最高の文化だ。私はクーロンの地でそう悟った。クーロンだけではない。世界には私の知らない場所が星の数ほどあるはずだ。そんな旅行を作り上げ、幸せを分けてあげることのできる職業が、旅行代理店であろうことは明白だった。

 「決めた!俺は旅行代理店の営業マンになる!この星で一等賞の営業マンに!」

 クーロンの夜空に、希望に満ちた声がいつまでも響き渡っていた。
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2006年02月09日

[外伝]エピソードT バンドヲ・メザス

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 タピオカー。タピオカー。わーれらーのタピーオカー。

 こんにちは。登場早々タピオカ星人オフィシャル応援歌を歌わせていただいた。この章からは地球期のことについて話そうと思う。

 そもそも、他星から来たということは言っても、私が地球出身であるというところまではあまり公にしてこなかった。そのためこの自伝を読んでいるアキレス星民の諸君は少なからず驚きを隠せないと思う。タピオカ星人と言っているぐらいだからタピオカ星から来たとお思いかもしれない。しかしおそらく小6ぐらいで配られた星座早見表をお道具箱から出してきて見てほしい。タピオカ星なんてないのだ。これで90部は売れるだろう。さらに地球時代の生活や人となりを赤裸々に語ってしまうのだからお得である。95部ぐらいは売れるだろう。

 1958年、私は福岡県大牟田市に生まれ、小学校の途中からは神奈川県厚木市で過ごした。これも明かさなかったが、執筆している1998年時点で40歳を迎えるということである。ここまで公にしてしまってはあとは同じである。まずは略歴から綴っていこう。

 中学は厚木市と相模原市の学校に通った。高校は東海大相模高校。卒業後すぐに旅行代理店に就職し、2年間の勤務の後ひょんなことからアキレス星へ。1978年のことだった。その後の20年はエピソードWからYで語ったとおりである。

 今日はそんな地球期の高校時代までの話をしよう。青春時代はギターに明け暮れた。小学校高学年から中学生の多感な時期に、ビートルズが世界中を席巻しそして解散していったのを見ていたからだろう。一日中ギターと一緒だった。朝起きるのはギターの音色、歯磨きもギターなら食事もギターに盛り、ギターに乗って学校に通った。すき焼きにはしらたきの替わりに弦を入れたし、将棋やオセロはピックで指した。そこまでギターとともに過ごしていたのはクラスでも私だけだった。しかしそんな生活からか、練習はあまりできずにいた。

 高校に入ってからは、少しずつ演奏する練習にも取り組んでいった。バンドを組むことを目標にしていたのだが、なかなかいいプレイヤーたちは現れてくれなかった。

 「あーあ、しがない毎日だなあ。俺のギタープレイは最高なのに」
 「あらせいちゃん、帰ってたの」せいちゃんとは私のことである。
 「マミー。だって今日は短縮授業だぜ」
 「そう。あんたは放課後に遊ぶ友達もいないの?」
 「そんなもんこっちから願い下げだよ。つるむのは嫌いなんだよ」
 「あんたぐらいの年の頃はダディはねえ・・・」
 「ダディの話はいいよ!二言目にはダディダディって。どんだけダ行が好きなんだよ」
 「私だって五十音で話題を選んでるんじゃないわよ、でもダディはねえ・・・」
 「あーはいはいわかりました。ちょっと出かけてくるよ」

 外に出たはいいが別段行く当てもなかった。とりあえず駅前の繁華街を練り歩いていると、ふと電信柱に貼られたチラシが目に入ってきた。

 「香港ひとり19,800円」

 香港か・・・。ギターと何も関係はないが敬愛するジャッキー・チェンのいる街だ。その頃から「思い立ったが吉日」派の私は、その足で香港に向かった。これが今後の人生を大きく左右する旅行になることを、私はまだ知らなかった。
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2006年02月08日

[外伝]エピソードY キンメダイの帰還

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 んちゃ!タピオカのお兄ちゃんだよ。いよいよアキレス期後期から今日までの話をしよう。

 意図せぬところからこのアキレス星にやってきて、そして即座に大統領の座に着いて約20年。妻も、私も、そして血のことだけを言えば二人の子どもたちも純粋な地球人ではある。しかし家の中での言葉はビフィズス語だし、何よりアキレス星の大統領一家だ。アキレス星民として生き、そして死んでいくつもりだった。地球のことなど思い出したことはなかった。

 この5年ほどだろうか、武力を付けること以外にも当然他星との平和的な貿易も推進してきた我がアキレス星には、あらゆる星の文化や食料が輸入されるようになってきた。サスペンダー星からは質のいい絨毯、チョコラングドシャ星からは車文化、ジェンバジェンバ星からはブタミントン・・・そのどれもが星民たちの渇いた心を癒し、彼らの生活を新たなステージへと導いていった。

 他星出身である私は大統領でありながら貿易担当大臣(貿担相)も兼任していた。ある日いつものようにアキレス星最大の貿易空港であるノリタツ・ラーハー空港へと行ってみると、たくさんのコンテナの中に見慣れた文字を見つけた。

 「EARTH, JPN」

 !!!

 私は複雑な気持ちだった。そういえば数日前にそんな書類に判を押したかもしれない。仕事に忙殺され書類の内容まで確認していなかったのだ。そうか・・・ついに地球とも対等に貿易を行える立場になったのか。そう考えると感慨深くもあり、しかし何か星民への忠誠心を裏切るような背徳感も感じずにはいられなかった。しかしやはり堪えきれなくなり、コンテナのもとへ走り去るや否やその一つを小脇に抱え込み家に持ち帰った(注・地球人である私は重力の関係でアキレス星民より力強く、当然星民がフォークリフト等で持ち上げているコンテナも片手で持ち運べるほど軽い。ただしこの場合中身が地球のものである点には目をつぶることとする)。

 家に帰ってコンテナと対峙した私は、緊張で震える両手ではやる気持ちを抑えつつその扉を開けた。それはまるで小さい頃にクリスマスプレゼントを開けるときのような、また魚の腹を包丁で切り開くときのような。あー、魚か・・・。最近食ってねえなあ。アキレス星にはないもんな。そんなことを考えながらコンテナを開けた瞬間。奇跡が起こった。

 「魚や!魚の宝石箱やー!」

 私が彦麻呂になってしまったのも無理はない。日本から初めてこの星に来たコンテナの中には、私が偶然にも魚に想いを馳せながら開けたコンテナの中には。山のような数のキンメダイが積み込まれていたのだ。これで何十年ぶりかに日本の味が味わえる。

 そうだ、地球行こ。ついでに征服しよ。魚食いたいし。

追記

こうしてタピオカ星人様他ご一行は地球へと旅立った。しかしそんな軽薄な理由からか、くしくも魚の名を冠したヒーロー「魚戦隊サバレンジャー」に死闘の末倒されることとなった。しかし私たちは決して忘れない、タピオカ星人さまを、そして彼が残してくれたものを。そしてここに誓おう、この無念は絶対に私たちが晴らすことを。
アキレス星民一同
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2006年02月07日

[外伝]エピソードX 定刻の逆襲

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 ジェーンは夫の賭け事好きにうんざりしてこう聞いた。
 
 「あなた!また賭け事やってるんじゃないの!?」
 
 すると夫はこう言ったんだ。
 
 「やってないよジェーン、嘘だと思ったら僕が賭け事をやめたかどうか賭けるかい?」
 ってね。

 こんにちは、タピオカ星人です。考えるところがあってアメリカンジョークでつかみを狙ってみたがいかがだっただろうか。前回の続きを話そうと思う。

 私が官邸に着くと、あいにく大統領は留守だった。なんでも彼はとても几帳面な人間で、会うためにはアポを取る必要があるらしい。私は翌日に面会の約束を入れ、家路を急いだ。

 明くる日は私の人生において最も重要な日となったことを記さなければならない。結論から言えば、大統領に会い、彼を瀕死の状態に追い込んだ上で私がこの星の政治(星治という)の実権を握ることを全星民に向けて発表したのである。瀕死の状態と言うと聞こえは悪いが、アキレス星で生まれた人種は死ぬ瞬間以外痛みを感じないので特に問題はない。さらになぜ私がこんなにも簡単に大統領を傷付けることができたかと言えば、まずこの星の大統領は元来世襲制であったため争いを経験していなかったという点が挙げられる。さらにはこの星と地球とでは重力に差があるため、相対的に彼らは地球人より弱いのだ。このような都合のいい設定にできるのも小説のいいところである。

 私はアキレス星を支配することとなった。しかしここからが悪夢の始まりであった。次の日から前大統領が再三に渡って復権への攻勢を仕掛けてきたのである。

 1日目、朝4時。

 トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・。

 早朝の爽やかな空気を引き裂く爆音で我が家の電話が鳴り響いた。

 「・・・はい、タピオカですが」
 「おう、奥さんか。命が惜しければあまり一人で出歩かないほうがいいぜ」

 ガチャ、ツー、ツー・・・。

 逆襲開始の宣言は明白だった。しかし同じく地球人である妻クリープも一般的なアキレス星人と比べれば異次元の強さであったため、その日もガッツリ一人で出かけて行ったのが我が妻ながら心強いところである。

 2日目、朝4時。

 トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・。

 「はい、タピオカでございます」
 「奥さん、昨日は見逃してやったが・・・。今日同じようなマネをしてみろ、命はないぜ」

 ガチャ、ツー、ツー・・・。

 前大統領とはいえ、地球人の強さに腰が引けて手が出せないのはわかりきっていた。その日も妻は公共交通機関で爆睡するという無防備さで出かけていった。

 3日目、朝4時。

 トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・。

 「はい、タピオカです」
 「奥さん、バスの中で寝ると乗り過ごすぜ」

 ガチャ、ツー、ツー・・・。

 怖さのあまりか脅しが脅しではなくなっていた。妻はヨガ教室に出かけた。

 4日目、朝4時。

 トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・。

 「おはようございます、大統領」
 「えっ、あ、おっ、おはようございます」

 ガチャ、ツー、ツー・・・。

 毎日定刻に電話をかけてくることもそうであったが、挨拶をすると挨拶を仕返してくるところはやはり律儀であった。この奇襲挨拶作戦にて前大統領の逆襲はピリオドを打った。かくして前大統領との問題も解決し、また連綿と続く世襲制の大統領一家に一般星民も愛想を尽かしていたという事情もあってタピオカ新大統領は急速に受け入れられていった。

 その後のアキレス生活は好調である。それまでの内向的な星府運営の方向を一転し、武力を付けることを志してそれも順調に育っていった。また私生活では子宝にも恵まれた。長男をミルクティーと名付けタピオカミルクティーとかけた。さらに長女のときは調子に乗ってコーヒーと名付け妻のクリープとセットにした。幸せだった・・・ほんまに幸せじゃった。あの事件で地球行きを決心するまでは・・・。
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2006年02月06日

[外伝]エピソードW 新たなる希望

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 私は決意した。我が故郷である地球を侵略し、征服することを。厳しい戦いになるだろう。ひょっとしたら二度とこのアキレス星に帰って来ることはできないかもしれない。それでも私は行く。カーリングマンややせの大食いマンなど素晴らしい右腕たちが大きな支えとなってくれている。しかし万一の場合に備え、この自伝を書き自らの波乱に満ちた人生をこの星の人々に残すこととした。この自伝は後世語り継がれ、またミリオンセラーになることであろう。80部ぐらいは売れるだろう。

 この物語をお読みの諸君に、はじめに謝っておかなければならない。この自伝は全部で6つのエピソードで構成されており、大きく二つに分けてTからVまでを「地球期」、WからYまでを「アキレス期」とする。しかし地球期時代の様々な出来事を思い出すにはいささか年を取りすぎてしまった。大至急アキレステレビ(ATV)の地球支局から資料を取り寄せてはいるが、いかんせん時間もない。そこで記憶のしっかりしているアキレス期から書き始めることとする。これによりエピソードの展開はW→X→Yと行ったあとTに戻りU、Vで完結する順番となっている。この過去に例のない構成には慣れるまで時間がかかるかもしれないが、我ながら斬新だと自負している。これで85部ぐらいは売れるだろう。

 こんにちは、タピオカ星人です。さて、アキレス期序盤の話をしようと思う。私はとある理由で地球からやって来たのだが、はじめはとにかく言葉の問題に戸惑っていた。そもそもこの星に来たのも本望ではなかったため毎日ふさぎ込んでしまい、部屋で電気もつけずに膝を抱え涙にくれていた。

 来アして1ヶ月ほど経った頃だろうか。来アしたことを後悔し始め、帰国しようかな、でも来アしたからにはこの星で暮らして行こう、いや帰国したら楽だろうな・・・。「在ア」か「帰国」か。私の頭の中では天使と悪魔が朝まで生討論を始め、また喫茶店では奥さま方がどちらがおごるかで譲り合っていた。しかしそんな悶々とした日々も、ある人の登場によって一変したのだった。

 「スジャータァ、スジャータァ〜」

 私は耳を疑った。地球で慣れ親しんだスジャータのCMソングが家の外から聞こえてくるではないか。小鳥のさえずりと聞き違えるほどの美しいその声。私は表へ飛び出した。そのとき私の目に飛び込んできたのは、スジャータのように白い肌のうら若きティーンネイジャーだった。まさに褐色の恋人である。

 「あのう、すいません」
 「はい?何か」
 「一つ質問させてください。練っておいしいのは?」
 「ね、ねるねるねるね?」
 「やっぱり地球人だ、それも日本!しかもCM好きと見た」
 「じゃああなたも!?」
 「ええ、日本から来ましたタピオカ星人と申します」
 「私は高橋クリープ。よろしくね」
 (クリープなのにスジャータの歌を歌っていたのか・・・)

 その瞬間から、私たち二人の薔薇色に塗られた時計の針は動き出した。新たなる希望。お互いCM好きという共通点もあり、すぐに意気投合した。私は生涯の伴侶を手に入れ、ビフィズス語(注・アキレス星の公用語である)の腕もめきめき上達し始めた。リサ・ステッグマイヤーの日本語と比べても、どちらかといえば私の方が上手いと思う。6:4で私の方が上手いと思う。ちなみにリサ・ステッグマイヤーの本名は梨沙子・ステッグマイヤーである。最近ではトライアスロンなどにも挑戦し、今後の活躍が益々期待される。

 話を元に戻そう。家族が増え、語学を身につけた私は働くことを考えた。しかし日本で旅行代理店のいち営業マンだった私には手に職がない。さらに一周15kmと狭いアキレス星には旅行という文化がなく、代理店業もなかった。この星で私は何ができるだろう。

 そうだ、どうせならこの星で一番になってやろう。その足で私は大統領の元へ向かった。
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