2006年02月10日

[外伝]エピソードU クーロンの衝撃

この物語は、アキレス星最高の指導者であり8年前に地球にて永眠された故・タピオカ星人元帥が生前書き記した自伝である。

 T!A!P!ためて〜IOCA!

 アキレス星のジョーダンズことタピオカ星人です。この自伝もあと2章となってしまった。残念だがこれ以上語ることがないので致し方ない。というか既にエピソードXあたりから書くことがなくなって無理が出てきているのを懸命な読者諸君ならお気づきであろう。今日は香港旅行の話をしよう。

 香港旅行の話といってもただの旅行日記ではない。私がその後2年間の人生を、いやアキレス星に渡ったこと自体を決定させたという意味では、約22年余りの人生を決める重要な2泊3日だったのだ。そう考えると自伝に書くべき内容であることはおわかりいただけると思う。

 相模原駅前の商店街で香港旅行のチラシを見た3時間後、私は羽田にいた。成田空港はちょうどアキレス星に渡ってきた頃に開港したが、1975年時点では国際線も羽田から発着していた。初めての海外に期待に胸躍らす17歳の若者の姿は、まだ海外旅行がメジャーではなかった当時の日本で少し羽田に似つかわしくなかったかもしれない。

 チラシに記載された旅行会社のカウンターを訪れると、そこにはいかにもという感じの折り目正しいスーツ姿の係員がいた。

 「す、すいません。このチラシを見てきたアル」気分は既に香港だ。
 「そうアルか、じゃあこれが航空券アル」それは彼も同じらしい。それにしても日本における中国人はなぜ「〜アル」と喋るキャラ設定なのだろう。そんな中国語ないのに。
 「シェ、謝々」

 はじめての飛行機では一睡もできなかった。というのも緊張したわけでも映画に熱中していたわけでもなく、隣の彼が話しかけてきてうるさかったからだ。旅行会社の社員のくせに相当テンションが上がっているらしい。

 「僕海外初めてアルよ!わくわくするアルなー。香港には何があるアルかね?アルゼンチンとかアルジェリアとかもあるアルかね?」

 つっこみどころが多すぎて話にならない。それでも少なくとも彼も私と同じで旅行会社の社員のくせにはじめての海外旅行らしいということは理解ができた。

 その後の三日間、彼がアルアル言葉を貫き通したことはうざいことこの上なかったが、とても優しく尽くしていただいた。そして何より、香港の輝くような夜景は相模原では見ることのできないものだった。クーロンという場所をご存知だろうか。九つの龍と書いて九龍。いわばここが香港の中心であり、これまた相模原にはない活気を放っていた。

 海外旅行。普段の生活を忘れいろいろな文化に触れることのできる、人間が生み出した最高の文化だ。私はクーロンの地でそう悟った。クーロンだけではない。世界には私の知らない場所が星の数ほどあるはずだ。そんな旅行を作り上げ、幸せを分けてあげることのできる職業が、旅行代理店であろうことは明白だった。

 「決めた!俺は旅行代理店の営業マンになる!この星で一等賞の営業マンに!」

 クーロンの夜空に、希望に満ちた声がいつまでも響き渡っていた。
posted by Flyers at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ星人自伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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